打ち込みの練習も今日・明日の2回を残すだけになりました。
今日の練習の様子です。
整列OK!
道中もOK!
自治会長からも「大丈夫」のお墨付きをいただきました。
明日はおさらいをして楽器の手入れをします。
ところで・・・
今朝の長崎新聞にはくんち関連の記事が2つありました。
一つは版画家の小﨑侃さんが描かれた手ぬぐい発売の記事。これは踊町の記念に一枚買わなきゃです。
もう一つは桟敷券発売に関する記事で、諏訪神社の桟敷券は6月7日から発売されるとのことです。今年のくんちは水・木・金曜日なので売れ行きがちょっと心配です。
で、
その桟敷券の記事の中に気になるところが・・・
「同神社の長坂整理券は、今年から往復はがきによる申し込みで、公開抽選される予定(七月一日に詳細発表)。」
とのこと。
一体どんな形になるんでしょう?
気になります。
今日は練習休み・・・
という訳で帰宅の時間帯もちょうど良かったのでちょっと他の町の練習を見学しに行ってみました。
今の時期の練習と言えば、筑後町同様打ち込みの練習をしているはず。
まずは鍛冶屋町さんへ
ん?やってない!
どうやら打ち込みの練習は終了されたとのことです。
次に油屋町さん
タイミング良く町内を移動しながら練習されているところに遭遇しました。
知人にご挨拶して一枚パチリ
上手く撮れませんでした^^;
最後は元船町さん
ドラゴンプロムナード下のちょっと離れたところで練習されていたので近づき難く・・・こんなに暗くて小さな写真しか撮れませんでした。
でも囃子の音はばっちり聞こえました。さすが元船さん、素晴らしかったです!
他の町と言っても同じ清明会、同じ年に奉納する「仲間」です。
お互いにいい影響を受けながら切磋琢磨したいですね(^^)/
という訳で午前中はその準備。
楽器などの道具を、練習場所である中町公園へ運び出す作業です。
では
どこから運び出すかと言うと・・・
↓ ここです
長崎伝統芸能館。 グラバー園の出口でくんちの映像がエンドレスで流れていますが、その下のフロアーに格納庫があります。
そこには ↑ このように踊町に割り当てられたスペースがあり、それぞれの町がくんち関連の道具などを保管しています。
軽トラックに積み込んで帰町。
お昼を挟んで
午後は打ち込みの練習1回目
新人の龍衆は初めて楽器に触れるということで、やや緊張気味。
しかし始まってみると予想以上にみんな上手でした![]()
今日は1回目ということで「一通りやった」という感じです。
来週はもっと細かいところまでやります。
最後に
とある龍衆の感想・・・
「囃子の子供たちは1日中やるんでしょ? 大変だぁ!」
そうです、囃子の子供たちは大変なんです。それが分かっただけでも収穫がありました。
くんちではしばしば慣れない着物を着る場面があります。
くんち本番の踊り場では、町の役員や町方(ちょうかた)と呼ばれるスタッフは着物を着ます(スーツの人もいます)。
庭先廻りになると袴を脱いで唐人パッチ(ももひき)姿になって帳面をつけたり呈上札を配ったり・・・
そしてくんちの夕べでは再び袴を履かなきゃいけない・・・
そんな時、自分でパッと着替えたり着物をたたんだりする男性ってカッコイイですよね![]()
朝着せてもらっても着崩れることもあるし、脱いだりしなきゃいけないこともあるからやっぱり自分で着れるようになりたい・・・
ってな訳で
2年前に集中的に着付けを勉強してほとんど一人で着れるようになりました。
が、
今年小屋入りを前に、いざ着てみようと思ったら「できない!!」
そこで今日はおさらいの着付け教室を開いてもらいました(筑後町主催ではなくprivateです)。
↑ 着物OK
↑ 次は袴
↑ 最後はたたみ方まで
2年前の貯金のおかげで、しばらくするとスムースに着れるようになりました。
やっぱり時々着ないとダメですね(^_^;)
実はこのブログは町公認ではありません。
管理人である龍之介個人が、個人の判断で開設したものです。
記事の内容も管理人が個人の判断で掲載しています。
ですから「公認ブログ」という表現をされている方は訂正して下さい。
勝手にリンクされる分には手の打ちようがありませんので特に対応はいたしませんが、リンク用のバナーなどは用意していませんし、公的機関でのリンクはお断りしております。
何卒ご理解賜りますようお願い申し上げます。
今日は龍踊と関係ない話題です。
長崎に根付く文化の一つに「長崎検番」があります。
すなはち・・・
江戸時代から続くプロの芸妓(げいこ)さんたちが所属する「芸能プロダクション」的な存在です。
我々《パンピー》は、「料亭で食事をして芸妓衆(げいこし)を呼ぶ」なんて業はなかなかできませんが、今日は「なかなか経験できない芸妓衆を呼んで料亭の味を楽しむ」という会に参加しました。
↑ 若手の芸妓さんたち。左から「葉づき(はづき)」さん・「玉羽(たまは)」さん・「花音(かおん)」さんです。
↑ こちらは《世界遺産候補(ウソですよ(^_^;))》の「桃勇(ももゆう)」さん=唄っている方 とその妹分の「三勇(さんゆう)」さん=マイクを持っている方 です。
このお二人は芸妓衆の中で三味線や唄を担当する「地方(じかた)」という呼ばれる方です。
ちなみに踊りを踊る芸妓さんは「立ち方(たちかた)」と呼ばれます。
桃勇姐さんのお座敷芸は絶品です!
本当に世界遺産に認定してもらいたいくらいです。
途中こんな荒業も ↓
「美代菊(みよぎく)」さんの『金の鯱鉾(シャチホコ)』です。
いいものを見せてもらいました(^^)/。
この他にもお客さんを巻き込んでのお座敷遊び満載の楽しい夜でした。
一緒に行った龍衆もベテラン芸妓衆とくんずほぐれつ・・・「チューリップ(※)」になってました。
ともあれ・・・
検番の芸妓衆を呼んでのお座敷は、いにしえの長崎風情を感じることができるまたとない機会でした。
※チューリップ・・・チューリップは長い茎の上に花を咲かせることから「ハナの下が長い」という意味です。 桃勇姐さんが教えてくれました(*^。^*)
今日一日多忙でた。
午後一番から衣装の採寸と先日採寸した衣装のチェック、そして結団式・・・
採寸にはデザイナーさんがわざわざ東京からこのために来てくれました。有難いことです。
画像をお見せできなくて残念ですが、細かいところまでこだわってもらって満足度の高い出来栄えです。プロの仕事は違います。
監督・龍衆・宝珠衆・囃子女児の4パターンの問題点をチェックも滞りなく済ませ、次は結団式に突入!
自治会長の挨拶
歓談
出演者の紹介など
いい雰囲気の中、結束を固めました。
それにしても総勢200名を超える関係者が一同に集まった様は圧巻です。
「これだけ多くの方が携わってくんちは動いて行くのだ」と改めて気を引き締めるいい機会になりました。
明日は結団式が開催されます。
その前には衣装の採寸をします。
そんな訳で色んな準備があり、ブログの更新してる場合ではありません。
問い合わせやら質問やらたくさん送られて来ます。
そろそろ時間です。
行って参ります。
前に勝海舟の恋人・お久さんのお墓があるということで一度ご紹介した聖無動寺にもう一度戻ってみます。
まずこの名前、漢字4文字というのが珍しいですよね。
「しょうむどうじ」と読みますが、地元では言い易くして「しょんどうじ」などと呼んだりします。
このお寺はオランダとの関わりが深く、オランダ船の航海安全を祈ったり、オランダ商館長の江戸参府の際に安全祈願をしたり、出島が火事になった際の避難場所に指定されていたり・・・
そんな訳で当時はオランダからは多くの砂糖が贈られていたそうです。
そのころの名残がこれ ↓
塀の向こうで分りにくいですが、「常夜灯(じょうやとう)」と呼ばれる石灯籠があります。
オランダ船の航海安全祈願のためのものです。
今はこの常夜灯あたりから海を見ることはできませんが、当時は数十メートル先(現在のナガサキストアや「かつぎや」あたり)が波打ち際だったため、長崎の港に浮かぶ船からもこの灯りが見えたんでしょうね。
昨日、大神宮司に伺った話の中には、興味深いものがいくつもありました。
その中でも「モッテコイ」や「所望踊り」についての話は大変参考になりました。(ちなみに「モッテコイ」や「所望踊り」とは、コンサートに例えれば「アンコール」に当たる部分になります。)
曰く
「一通り出し物を披露して、役員が挨拶して踊り場を出るまでが《奉納》。その後のモッテコイや所望踊りは《余興》。」
なるほどなるほど。
モッテコイや所望踊りまでを1セットにして考えるのではなく、それはあくまでアンコールでありおまけ的なものとして考える・・・
貴重なお話です。
踊りの構成はこれから考えなければいけない中でも最も大きな課題ですので、宮司のお話を参考にして詰めて行きたいと思います。
今日は長い一日でした。
まずは午前中、合同自主トレーニングのウォーキングで「体」の鍛練を。
中町公園を出発して飽の浦→立神→女神大橋→小菅→中町公園
途中、道を間違って
↑ 行き止まりになるというちょっとしたハプニングもありましたが・・・
約17キロを3時間以上かかって全員完歩!
天気も良かったし、いい汗かきました(^_^)v
昼食をはさんで・・・
午後は諏訪神社に行って「心」を磨きます。
↑ 手水の意味を教わってからすぐ実践。
まずは体を清めます。
↑その後参拝や玉串拝礼の仕方をレクチャーしていただいて
↑ 拝殿でお祓いしてもらってから
↑ 本殿へ向かいます(本殿の写真撮影は禁止ですのでここが写真の限界ポイントです)。
本殿では玉串拝礼・参拝の後、金幣でのお清めしていただきました。
その後、何と貴賓館に上げていただいて
大神宮司からくんちについてのお話を伺いました。
踊町がどんな心がけで奉納踊り臨まなければいけないか、踊り場での礼儀、時間配分など・・・たいへんたいへん参考になりました。
小屋入りを前に、特に新人龍衆に諏訪神社に触れてもらったり、心構えを学んだりしてもらう目的で企画した勉強会でしたが、結果として経験者・ベテランにも非常に良い機会になりました。
参加できなかったメンバーはもったいなかったですね。
踊町がこのような勉強会で諏訪神社を訪れるのは、おそらく前例がないとのことでした。
でも思い切って諏訪神社にお願いして本当に良かったです。
最後には諏訪神社名物の 《ぼた餅》 まで頂戴したのですが、その写真を撮り忘れてパクついたのだけが悔やまれます(^^ゞ
今日はちょっと本堂の中を覗いてみましょう。
こんな感じでなかなかゴージャス!
よーく見てみると・・・
正面に掲げられているこの額、平和祈念像の作者として知られる北村西望先生の揮毫によるものです。
ん?
西望先生と言えば「あの料亭」ですね(*^_^*)
さて、
本蓮寺編の締めくくりはこれ ↓
本堂から広い階段を楼門の礎石跡を通って一番下まで下りたら左手にこの石があります。
何の形に見えますか?
ヒント → 魚市場関係の方が立てました
そうです、魚の形に作られてるんですよ!!
ちょっとお洒落な慰霊碑です。
と・・・
これで本蓮寺編も終わり。
そろそろ筑後町さるくのネタも底をついてきました(^_^;)
でも 本来の龍踊やくんちのネタも溜まってきてるから、しばらくは毎日更新できそうです(^_^)v
本蓮寺を下から眺めると目につくのが・・・
日蓮上人の像です。
ここ本蓮寺は加藤清正公に強い影響を受けて建てられた日蓮宗のお寺です。
清正公ゆかりの日蓮宗のお寺には、「妙」「法」「蓮」「華」「経」の文字が含まれている名前がついたところがあり、ここはその中の 『本《蓮》寺』 というわけです。
ほかに長崎県には大村市の 『本《経》寺』 があります。
日蓮上人像の向かい側にあるのは ↓ こちら
「大宝塔(だいほうとう)」と呼ばれ、中には日蓮上人とお釈迦様の御真骨が納められているそうです。
元は本河内にあったものが戦後ここに移設されました。
バランスが良く、シルエットが美しい塔としても知られています。
さて
本蓮寺編も次回で最終回・・・ネタ枯れした時の対策を考えねば(*^_^*)
今日は天気も良く、きれいな写真が撮れそうだったので撮影に出かけましたので久々に本蓮寺に戻ります。
前に勝海舟が滞在した塔頭(たっちゅう=大寺院にある脇寺・別坊)の大乗院をご紹介しましたが、こちらは「一乗院(いちじょういん)」と呼ばれた塔頭の跡です。
↑ 正面のマンションあたりにあったそうです。
ここには禁制の品を持ち出そうとした罪(シーボルト事件)で国外追放になったシーボルトが31年振りに長崎に戻った時に、一時滞在した場所として知られています。
ところで・・・
上の写真で階段の踊り場に「日」の字が二つ並んだようなものが見えます。
昭和20年の原子爆弾による火災で焼失してしまいましたが、そこには以前楼門がありました。
↑ 階段下にはその写真が掲示されています。
「日」の字に近づいてみると・・・
こんな感じ・・・楼門の礎石の跡です。
よく見ると漢数字が読み取れます(この写真では十一です)。
塔頭・楼門とも本蓮寺が大寺院であったことを今に伝えるエピソードです。
今日は一日雨で・・・
時間はあったんですが「せっかく写真撮るんなら晴天の日に」と撮影は見合わせました(^_^;)
そこで生き残ったexcelのデータで今後の行事や出欠の整理などをしました。
ちなみに5月のスケジュールは下記の通りです。
9日(土)月例会議
10日(日)午前中ウォーキング 午後諏訪神社で勉強会
12日(火)エアロビ
16日(土)午後衣裳の採寸 夜結団式
19日(火)エアロビ
23日(土)打ち込み練習
25日(月)打ち込み練習
26日(火)エアロビ
27日(水)打ち込み練習
29日(金)打ち込み練習
30日(土)打ち込み練習 終了後楽器磨き
こんな感じです(もちろんこの合間合間に打ち合わせやら事務的な作業などがたくさんあります)。
間近なのは10日の勉強会。
諏訪神社で神職の方から神社やくんちの歴史などについてお話を伺ったり、きちんとした参拝の方法をレクチャーしていただきます。
小屋入りを前に、すごく「ためになる」機会になると思いますし、たいへん楽しみです。
参加できない方が気の毒です
。
日付は変わりましたが・・・
今日(正確には昨日)は大学生と席を同じくする機会に恵まれました。
「長崎の大学生ってくんちに対してどんな印象を持ってるのかなぁ?」ってことでカマをかけてみました。
一人目
龍「ねえねえ、くんちでバイトばしてみん?」
大「へえ!どんなバイトですか?時給どれくらいですか?」
龍「うん、旗ば持ったりして3日間歩くとさ。バイト代は一日△▽円でご飯もつくよ」
大「う~ん バイト代はおいしいですけどきつそうですぅ」
二人目
龍「くんちでバイトしてみん?」
大「あ、私くんちでバイトしてるんですよ!」
龍「(ちょっと嬉しくなって)ほうほう、どんがんバイト?」
大「梅ヶ枝餅売ってるんですぅ!」
龍「・・・・(絶句)」
確かにきついかも知れないし、梅ヶ枝餅売るのも「くんちのバイト」って言えないことないけど・・・やっぱりちょっと違う。
くんちの明日を担ってくれるべき20代前半の若者のくんちに対する意識ってこんなもんなんですかね?
「歴史を受け継ぐ」とか「文化を守る」とか
そんな気持ちはないんでしょうかね(;一_一)
30代・40代になれば分かってくれるんですかね?
それに期待しましょう(*^。^*)
でも・・・
私がその頃も周りはそんなだったのかも。
このブログを始めてからずっと毎日更新を心掛け、実行していたのですが、パソコンが先日まさかの入院→再起不能告知→初期化・・・
毎日更新していただけに精神的ダメージが大きく、サブのパソコンがあるにも関わらず更新が滞っておりました。
ごくごく少数の方ですが「毎日見ている」という方もいらっしゃるようで、大変失礼いたしましたm(__)m
初期化後も色んなトラブルで入院を続けていたパソコンが、本日めでたく退院して手元に戻って来ました。
龍衆のMっちゃんありがとう![]()
幸いにしてexcelなどの龍踊関連ファイルはメモリースティックに保存していたので、実務面への影響は最小限で済みました。
明日から消えてしまった写真の撮り直しなどしてまた頑張ります(*^_^*)
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