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2009年4月29日 (水)

到着しました!

↓ この写真は長崎空港にて撮影

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さて何でしょう?

中を開けてみると真っ黒い物体がギッシリ!!

それを紐解くと・・・

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100メートル弱をコツコツと・・・

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ふうっ('ε') やっと巻き終わりました。

実は宝珠を除く龍衆と囃子の男性が頭に巻くターバンの生地です。

在上海の元筑後町の龍衆の方にお世話していただいて送ってもらいました。

夏ごろかな・・・使いやすい長さに裁断→縫いつけという作業を行なってターバンになります。

衣装はプロに頼みましたが、ターバンは奥さんや恋人やお母様など大切な人の愛情たっぷりに手縫いしてもらおうかなと思っています。

「自分で縫う」なんてメンバーいませんよね???

 

2009年4月28日 (火)

エアロビ7回目&ブログ復活

パソコンが調子悪く・・・これまで毎日更新を続けて来たのにそれがままならず気持ち的に折れてしまいました。

が、

今日から心を入れ替えて再度毎日更新に挑戦します(^^♪

今日は7回目のエアロビでした。

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バランス大丈夫か?

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↑今日はいつもと違うインストラクターの指導もあり、新鮮な気分で汗を流しました(^。^;)

内容は段々ハードになっていますが参加しているメンバーもそれなりについて行けるようになっています。

水分補給の時間は目に見えて短くなってますね(^^)

この積み重ねが大事です。練習はウソをつきませんぞ!

2009年4月25日 (土)

ウォーキング中止

今日予定されていたウォーキングは昨日の夜のうちに中止になりました。

結果論ですができましたねえ(^_^.)

せっかく帆船祭りで賑う水辺の森公園をゴールにしていたのに・・・あの予報ではしょうがありません。

文句は気象庁に言いましょう。

2009年4月23日 (木)

筑後町さるく⑭ 聖無動寺その1

本蓮寺の途中ですが、勝海舟つながりでちょっと寄り道(^^)/

勝海舟は長崎で美しい女性に出会い、Yes,fall in loveになりましたheart04

お相手は「お久」さん・・・本名小谷野クマまたは梶クマ 当時14歳。

勝海舟は幕府の役人で当時33歳。江戸に妻子を残していました。

今風に言うと・・・

「妻子ある国家公務員が 単身赴任先の長崎で14歳の女性と恋に落ちた」

となり、ちょっとしたスキャンダルになってしまうような話です。

でもその時お久さんはもうすでに後家さんだったと言いますから、今の時代に例えること自体が間違いですね<(_ _)>

そのお久さんのお墓がこの聖無動寺の後山にあります。

35年ほど前、NHKの大河ドラマ『勝海舟』が放映された頃、筑後町に住んでいる方が見つけたお墓です。

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↑ 左がお久さんのお墓です。

戒名である「容誉智顔麗光大姉」の文字が刻まれています。

さぞや美しい方だったんでしょうね。

2009年4月22日 (水)

勉強会

今日は市立図書館の新興善メモリアルでくんちや龍踊についての座学を実施しました。

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↑ 映像を見ながらお勉強(^-^)

新人メンバーや囃子の子供と父兄、経験者の龍衆など参加者多数!満足してもらえる内容だったかどうかは分かりませんが、少しは参考になったかなと・・・

今日初めて参加するメンバーもいて一定の成果はあったような気がします。

勉強会終了後は場所を移して前回(平成14年)の映像を見ながらモチベーションを高めました。(要は飲み会ですが(^_^;))

経験者は懐かしく、新人は新鮮な目で熱心に語り合いました。

これからも体力作りの一方でこのような機会を設けようと思います。

それにしても・・・みんな若かったなあ(*^_^*)

2009年4月21日 (火)

エアロビ6回目

今日の出だしは人数が少なかったです。

「さては巨人戦baseballを見に行ったのか」と疑ってごめんなさい・・・少し遅れてどんどん増えて、最終的には今までで一番多い人数になりました。

6回目ともなると、毎回参加しているメンバーは随分対応力がついて来たように感じられます。徐々に成果が表れているのでしょう。

エアロビの後は腹筋。そして・・・

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へばっているのではありません。伸ばしているのです(^_^;)

ストレッチは二人組みで

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↑ ちょっとカメラ目線

次はスタートから大人数で行きましょう!

2009年4月20日 (月)

筑後町さるく⑬ 本蓮寺その4

本蓮寺の入口には前に紹介した「サン・ジョアン教会・サン・ラザロ病院跡」の碑のほかにもう一つ碑があります。

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勝海舟が滞在した場所でもあるんです!

江戸時代、長崎にはたくさんの人が訪れましたが、幕府の直轄領ということもあって宿屋は存在しませんでした。

ではどんな所に寄宿したかというと、藩屋敷やお寺がそれに当たります。

本蓮寺には多くの塔頭(たっちゅう=大寺院の敷地内にある別房・脇寺) があり、そこが宿坊になっていたのです。

勝海舟が滞在したのは「大乗院(だいじょういん)」と呼ばれた塔頭で、どのへんにあったかと言うと・・・

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↑ ここ

今は「長崎県教育文化会館」になっているところです。昔は「ヘルスセンター」でした(^_^;)

勝海舟は、安政2年(1855年)から約4年間、ここから今の長崎県庁の場所にあった「海軍伝習所」まで通っていたということです。

幕末の長崎については23日から開催の「長崎さるく幕末篇」で詳しく学べます。詳しくはこちら→長崎さるくHP

2009年4月19日 (日)

定例会議

昨日は定例の会議がありました。

主に小屋入りの打ち合わせに時間を割いたのですが、これがなかなかのボリュームで大幅に時間超過してしまいました。

誰と誰が紋付を着るだとか、誰が打ち込みにつくとか、アルバイトはどうするとか、昼食はどうするとか、桃饅頭はどうするとか、写真はどうするとか、何時に終わるだろうかとか・・・

小屋入り以外にも各担当から報告がありました。

進んでいる話もあり、足踏みしている話もあり、手をつけていない話もあり・・・

もう少しペースを上げる必要を感じました。

でも取りあえず「一つずつ、一つずつ」です。

2009年4月18日 (土)

筑後町さるく⑫ 本蓮寺その3

お墓ついでに広大な本蓮寺の墓所にある有名な方のお墓をもう少し・・・

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↑ 有名な郷土史家・古賀十二郎先生のお墓です。吉永小百合さんが主演された映画「長崎ぶらぶら節」では渡哲也さんがこの方を演じられました。5月の博多座「石川さゆり特別公演」では同じく「長崎ぶらぶら節」の舞台があり、近藤正臣さんが演じられます。

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↑ 江戸末期の文人で長崎三筆に数えられる南画の大家、三浦悟門の墓です。新しく作られたみたいですね。

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↑ 「村木氏外土佐民諸氏之墓外」とあります。11名の方が合祀されていますが、よく知られているのが関雄之助(またの名を沢村惣之丞)・・・坂本龍馬で知られる海援隊の隊士でした。来年の大河ドラマ「龍馬伝」にも名前が出るかもしれません。

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↑  その2で紹介した「高木作右衛門」とそっくりな名前「高木彦右衛門」の墓です。写真では分かりづらいですが結構大きなお墓です。元禄時代の筆頭町年寄で、「長崎喧嘩騒動」の当事者として知られています。詳しくは述べませんが、その騒動でお家断絶になったにもかかわらずこの大きな墓!当時の長崎商人の勢力が偲ばれます。

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↑ こちらは歴史上の有名人のお墓ではありません(個人的知人関係のお墓です)が、オシャレさんなのでご紹介します。

ここは名字のイニシャルが『H』のお宅のお墓・・・・ん?  門扉の横に『H』が!!

ご本堂の近くです。探してみてください(^^)/

2009年4月17日 (金)

筑後町さるく⑪ 本蓮寺その2

本蓮寺が元キリシタンの大村善前の命でキリスト教の施設跡地に建立されたのは江戸初期のことでした。

その後本蓮寺は長崎の三大寺に数えられる名刹となるわけですが、残念ながら昭和20年の原子爆弾による火災で全焼してしまいます。ですから今見ることができる建物は戦後再建されたものです。

しかしその広大な墓地には本蓮寺が長崎を代表する寺の一つであったことを物語る墓碑がいくつもあります。

それは「長崎奉行」の墓です。

幕末までの間に15名の奉行が長崎で客死していますが、そのうち4人の墓が本蓮寺にあるのです!

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↑  これは大屋遠江守明敬という方のお墓です。

長崎奉行のお墓があるってことは即ち格式が高いことを意味します。

奉行だけでなく長崎代官の墓も!!

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↑ 長崎代官 高木作右衛門家の墓です。

結構山手にあるので本堂から歩くとちょっと遠いです。

それはともかく・・・本蓮寺はそれほど格式の高いお寺なのです。